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哲学へと進もう
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「毎日の不安や悩みを消し去ろう」
人は今をごまかす手段が多ければ多いほど、癒されると思っている。
好きな本を読み、好きな映画を見て、好きな音楽を聴く。
携帯電話、インターネット、それを助ける物は数え切れない程あるが、
そんな物で完全に癒えるほど、人に与えられた苦悩は甘くない。
今、痛み止めを投じても、それがいずれ切れる事に人は気づいている。
しかし、今をごまかす以外の対処法は見つからない。
それなら「どれだけ痛み止めを所持するか」という視点でしか、
幸せを決める事柄は見出せない。
人には一時期、今までに積み重なった劣等感を、
一つ一つ塗り潰していく作業が必要とされる。
劣等感は基本的に、自分以外のモノの力が自分に与えるモノだが、
それなら、割と簡単に潰せる。
テストで高得点を取る事や、そこらのチンピラにケンカで勝つ事は、
いくらかの鍛錬で実現するからだ。
自分が意識すべき劣等感、
それは自分にはまだ成長できる余地があり、
「上を眺めれば、先の自分が今の自分をあざ笑い、挑発している」
という今の自分に向けられた「対、先の自分」を考え、
一つ上の自分がいる位置(時間)に到達した際、
良い段階を踏まなければ納得できない自分がいる。
という恐怖をあらかじめ想定する、まだ来ぬ劣等感である。
そして、いくらかスタイルを変え、
成長した先を見た位置(時間)にある自分と、
今の自分を比較した上で生まれる劣等感。
その2種類の劣等感に苛まれ、
その位置(時間)に到達するまでに、成長した自分へ辿り着く為、
今を貪欲に生きる。
という行為が必要なわけである。
劣等感を取り除く戦い。
まだ来ぬ劣等感を生まれさせない戦い。
それを実戦していき、勝ち取る以外には、安らかには生きられない。
不安や悩みは精神の弱い部分が生み出す影であり、
精神を鍛える方法は、自分を次々に越えていく事である。
ただそれなら「一生戦いは終われないんじゃないか?」
と言われそうな話だが「戦い疲れてから考えてみなよ」
と言っておこうかな。
少なくとも、僕はまだ戦いを終えていない。
と理解している。
1 (不安や悩みが哲学的発想を意識させる、という意味でこの題名)
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