道標のひとつに



彼は誰がどう見ても、冷めている。
そして自分自身もその事を理解していた。
しかし、こんな発言をしたりする。

「人の痛みがわかっても、絶対に無くしてはいけないのがある。
それは人に熱く、本音でぶつかる事だね。
全部許したり、無視する人に本当に大事な相手なんてできない 」

それはそうなのであろうが、彼は間違いなく冷めていた。

彼はそれなりにオリコウサンが通う大学の学生である。
一時期、真面目なテレビ番組で喋る小説家、学者などを見て、
言葉や知識を自由自在に操る存在に憧れ、がむしゃらに本を読み漁った。
しかしネット上で、ある男のセリフを聞いてから考えは変わっていた。

『学問的知識が多い事で自信がつく、しかしそれが生きる事を苦しくするんだよね。
発想の乏しい人が知識を持っても、ただ暗記の集合であって、
そいつが言わなくてもそれが載っている本を読めば同じ。
発想力は、最初から決められた量を脳に埋め込まれている以外に、
小さい事からでも発想する事を数多く重ねる事で育つ。
知識を詰め込むっていう行為はそれをほとんど用いないぶん、
発想力は伸びないまま年が増す。
好奇心は若ければ若いほどみなぎっているモノだから、若いうちに発想を重ねるべきだよ。
「知識があって損をする事はない」
と言う人は、それを取り入れる時間を費やしたせいで、
発想力を養う時間を割いた事実を無視しているんだ。
知識があれば、その場に無い本に困る事なく答えを喋れるが、
同じセリフを言うばかりの人の中、
そいつ独特の発想を持った発言がどれだけカッコイイものなのか、
世界に数少ない切手は値段が高いってとこから理解してほしい。
ただ変わっていれば良いってものじゃないけどね』

彼は心の中で、必死に否定した!
それを認めれば、自分が何の価値も無い人間だと納得する事になってしまう。
何が何でも否定した。
そして、その男が書いた続きの文を焦りながら読んだ。

『そう言えば、よく「じゃあ同じ言葉を使うな、同じ服を着るな」
なんて言う奴がいるんだよね。
でもね、同じ言葉やモノを使うのは当たり前、
その中で自分らしいから意味がある、
自分だけの世界ではなく、相手に触れ、そして理解される事は避けてはならないんだ。
人がたくさん生きていて、産み出されるドラマの中、
良いキャラを演じる事が人間の幸せなのだから』

彼は少しずつ、それが事実で、本当の事なんだと理解できてきた。
しかし、今まで自分が積み上げてきた知識や技術に対する見栄がそれを素直に受け入れない。
そして他の文も読んだ。

『ほとんどの人が、殴られれば痛い事を誰かから教わり、
実際に殴られた事が無いまま知ったような口をきいている。
僕にある自信は、実際に殴られて痛い事を知ったことが大きいんだよ』

彼は考えた。自分は大丈夫なのだろうか?
今からでも、やり直しがきくのだろうか?
そして読み続ける。

『子を作るのって、みんないろいろな理由を持っているよね。
「たまたま、男と女の愛の形、ステータスとして当たり前」
理由は他にもあるけど、自分の失敗による後悔を子に消してもらうってのはどうかな?
自分が通った道を繰り返させず、子の環境はすべて親が与え、
子の不幸はすべて自分の責任として罪を被る意識を持って、
子に精一杯尽くす。
それで子が人間の本質を残したまま、自分の好きなように歩いていく。
それを実現できれば、重い心もいくらかは軽くなると思うよ。
だって、自分を犠牲にして誰かに尽くすってのは、
悪い事じゃないからね。
ただ、親自身が自在に歩める姿勢を示せない姿を見た子は、
親を尊敬できない、ってのが釘だけどね・・・
もしそれで尊敬できるなら、それは子の可能性の低さを示すことになる・・・』

彼には理解しがたい話である。

『理想を語るならね、子に対する教育は、
好き勝手と、世間の間を、堂々と進んでいく自分を子に見せる事なんだ。
自分の思うがままに動き、そして愛した人を成長させる。
これ以上の教育は無いよ』

彼はこれから何をすれば良いのか?
何を基準に生きていけば良いのか?
中学を出れば高校、それが終われば大学、
自分の意志よりも、多数決の世間の形に沿って生きてきた彼には、
これからも助言が必要だった。

彼は捨てられないステータスに悩み、人混みに向かう。
今はどんなに痛い想いをしてでも、
その先に、自分の満ち足りた心に出会える事を信じて・・・



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